伊豆に修す
美須近亭(ヴィスコンティ)は、噺家だった。 彼は師匠のようになりたかった。 歴代の師匠のように、 カセットテープに保存されたあの名噺家たちのように。 100個の噺を覚えた。 だからと言って、それだけで生活できるわけではなかった。...
都会の視力検査
新緑の季節だった。 僕は運転免許証の更新をするために、 視力検査を受けていた。 「どうしても見えない?」 「ええ、ぼんやりして見えないですね」 僕は、素直にそう答えた。 「当てずっぽうって言うかさ、 なんとなくこっちかな、なんていうのはない? とりあえず、言ってみなよ。...
Living Room
この公園が僕のリビングルームだ なんでもするさ 恥ずかしくなんてない 鼻歌だって歌う 横にだってなる もちろん食事だって さあ、語ろう さあ、ごろごろしよう さあ、腕の中においで 何にもないけど 抱き合おう 概念を捨ててごらん 僕たちのリビングが壁で囲われている理由...
オオバコ
牛車や馬車が通る轍に生え どんな重みの踏みつけにも堪えうることから 車前という名前がつくほどの植物 ならぬ堪忍するが堪忍 などという花言葉までつくほど踏みつけに強い植物 だけど 高く伸びる性質がないので 踏みつけが弱い場所では 他の植物に負けてしまう...
ここでもどこでもいつでも
夜10時、修善寺を歩いていた あるいは湊2丁目を歩いていた 初夏のひんやりとした空気を肌で感じ、 大きく吸い込んだ 数年前の自由を思い出して泣きたくなった 桂川に沿って歩いた ほろ酔いの帰り道 こんな経験をするのは何年ぶりだろう 隅田川に沿って歩いていた 泥酔の帰り道...


Just push play
午睡から目が覚めると、もう夕方になっていて、 嘘みたいな夢みたいな桃色の空。 家を出て、自転車に乗る。 誰かが起こした癇癪のように突然降りだす雨。 私は構わず自転車をこぐ。 激しい雨。 横殴りに降りつけ、頬にやさしく噛みつく。 どこにむかっているのだろう。...


現在は端から過去へとなりにけり
海へ行った 春の海だ 日差しが強く シートを敷いて寝転がった 幸せについて考える いつかの真夏にサンディエゴのコロナドの海岸で飲んだオレンジビールのことを考えた 自転車に乗って細長い半島を一周したこと アシカの海軍のTシャツを意味も分からずに買って、 ...
政治
政治とはほんの些細な希望と 膨大な絶望とで成り立っていることを忘れてはいけない。 ほんの数パーセントの民意と 残り90%以上の得体のしれないものの意志の総意である。 そういうものにはできるだけ関わらないほうがよい。 傷つくし、疲れるだけで、何かが変わるわけではない。...
Two
人には然るべき時というものがあって、 その然るべき時に然るべきことをしなければならない、 ということを知った日から、 それは私の座右の何とかになった。 ある日、 もしかしたら私の中には誰かがいるのかもしれない、 と漠然と思った。 それは違和感のような ...
One
大きな波の打ち寄せる浜辺で、 私はひざを抱え、その大波を見つめていた。 でも、ここじゃない、 と思いあたって、 立ち上がった。 外国語のガイドブックを持って、 そこへむかおうとしていた。 台風が来ているから無理だろう、 と現地の人は言った。...


