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南伊豆への行進

  • 執筆者の写真: Masumi Nakahara
    Masumi Nakahara
  • 2017年5月31日
  • 読了時間: 3分

私は失踪した

何も持たずに、すべてから逃げた!

喪失感と倦怠感を朝の歌にして

修善寺の宿へ置いてきた

ゆっくりと私は空っぽになっていった

穴の開いた米袋みたいに

あとからあとから米粒が逃げて行って

しまいには風にそよぐ麻袋になった

私の歩いたあとにはぼんやりとした米の道が出来ていた

誰かがどこまで行くのかと尋ねた

「南伊豆まで 塩でも 作ろうかと」

思慮深き青年が偉大な行進と勘違いをして私のあとをついてきた

「あの、そういうことじゃないんでね」

私は何度も青年にそう言った。

そして、米の道をたどってきた貧しくも美しき少女が私の横に並び、

「お米をもっとおくれよ」

とねだった。

それを見た別の青年が私とその少女と青年を見て、往年の旅の組だと勘違いをし、

また列に加わった。

そういう勘違いを積み重ねて、

人々は行進に加わり続け、

しまいには落とした米粒よりも大勢の行進となり、

私は、とうとう南伊豆に到着した。

さあ、塩を作りたいかと聞かれたら、

全く作りたくなかった。

どちらかと言えば休みたかった。

私は何というか、体も心も重くなってしまっていた。

だれかが少しずつ重ねた借金のように

それに悪徳高利貸が追い打ちをかけるようにふっかけた利子のように

いつのまにか私は膨張した雪だるまのようになっていた

「もう何もしたくない」

と、私は白状した。

「塩は買えばいいよ」

とさえ言った。

だけど、みんなにはお金がなかった

膨れ上がった借金があるだけであった。

だけれども、無責任に言った。

「じゃあ、借りればいい。借りて買ったらいい」

私は溶けていった。

南伊豆の太陽を浴びると、

形而上的な雪は溶けていった。

太宰治が意地悪された南伊豆の宿にいた。

「ああ、わかるよ。

 とてもよくわかる」

私は本当にそう思っていた。

だれかにいじわるされると弱るんだよな。

自分を損なわれて、

傷だらけにされて、

サーカスに売り飛ばされるんだ。

一升ほどの米粒集団は南伊豆で塩を作り始めた。

そして、私に恵み続けてくれた。

何者でもない私に。

根気強く、とても親切に。

そのうちに私はもとに戻っていった。

一度、切り傷から中身がすべてこぼれてしまったが、

そのすべてをまた別の人たちがやさしさで埋めてくれた。

やさしさで再構築された私は何者になったのだろうか。

浜辺に座って塩作りを眺めていた。

彼らはなにかとてつもなく巨大なものに立ちむかっていて、

時に泣き、棍棒の痛みに耐えていた。

私はひとりひとりの涙をぬぐい続けた。

一滴でも地上に落ちることがないように、

彼らの瞳を見守った。

私にできることはそれくらいことだった。

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