河鹿の湯
- Masumi Nakahara
- 2017年6月5日
- 読了時間: 1分
伊豆の西平には河鹿の湯というものがあった。
西平には祖母の家があり、
そこへ呼ばれるといつでも河鹿の湯に入らなくてはいけなかった。
小学生の私にとっては河鹿の湯に入るということは、
ある意味において、拷問のようなものだった。
かなりの高温で湛えられた温泉には、
常連のばばあが端に構えていて、
水道でうめようものなら怒鳴って怒った。
「水なんて入れたら、ぬるくなるだろう。
ぬるくなったらお湯は死ぬ。
お前はお湯を殺す気か」
ばばあはそんなことを言って、子供を脅した。
祖母の家に行くのは楽しみだが、
河鹿の湯へは行きたくなかった。
あの肌の焼けるような湯を思い出す。
10秒も入っていると肌が真っ赤になった。
あれは今思えば、熱湯風呂だったのだ。
河鹿の湯と漢字で書いてあった。
河鹿の湯には蛙の像があった。
今思えば、それが河鹿なのであった。
だけど私はどうしてか漢字が読めるようになってからずっと、
河鹿は河に生息する鹿だと思っていた。
私は今でも思い出す。
籐の籠に脱ぎ捨てた洋服、
太ったばばあたちの裸、
それらについた妙に美しいピンク色の乳首、
黄色の桶、
ほこりだらけの扇風機。
河鹿の湯はそれはそれはいとおそろしかった。



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