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都会の視力検査

  • 執筆者の写真: Masumi Nakahara
    Masumi Nakahara
  • 2017年5月28日
  • 読了時間: 2分

新緑の季節だった。

僕は運転免許証の更新をするために、

視力検査を受けていた。

「どうしても見えない?」

「ええ、ぼんやりして見えないですね」

僕は、素直にそう答えた。

「当てずっぽうって言うかさ、

 なんとなくこっちかな、なんていうのはない?

 とりあえず、言ってみなよ。

 何も言わずにだめになるより、

 はずれてだめだったほうがいいだろう?」

「うーん、じゃあ右下かな?」

 なんとなく僕には右下に空間が見えたのだ。

「右下っていうのはないんだよ。

 右、左、上、下から選ぶんだ。

 右下っていうのはないから、もう一回チャンスをあげよう」

 検査官はとても親切だ。

「じゃあ、右」

 僕はなんとなく疲れてきた。

「そっか、残念。

 右じゃない。これじゃあ、合格ラインに達しない」

 検査官はため息をもらした。

「上」

と僕は言った。

「右上」

ともう一度言った。

検察官は僕を見つめた。

僕は{モウイチドチャンスヲ}とテレパシーを送った。

「だから右上はない。

 もうこれでおしまいだぞ。

 深呼吸して山を見るんだ。

 目がよくなる。

 遠くの山を見るんだ」

 検査官は催眠術師のように繰り返した。

 都会のど真ん中の免許センターだった。

 見渡したってビルの壁しか見えなかった。

「遠くの山なんて見えませんけど」

 僕はどうしたらよいのだろう。

「大丈夫。心の遠くの山で構わない。

 君の故郷の山だ。

 幼少期に暇で暇で仕方なかった時に見つめていた山だ。

 あるだろう。そういう山が誰にでも」

 僕は嵐山を思い出していた。

 世界が一新したように新茶色に変わる初夏の一雨。

 水を滴らせた新緑の嵐山。

 「左」

と、僕は答えていた。  はっきりと左側が欠けていた。

 検査官は安心したように笑った。

「OK。次は3番のカウンターに行って」

新緑の

雨に打たれた

嵐山

記憶をたどり

よみがえる視力

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